バックパッカー旅行記:エストニア(2004)

2004年に1回、初めてのバックパッカーとして行った。デンマーク~スウェーデン~エストニアと回った。※バックパッカー時代とその後のコスプレイヤー時代に行った海外についてのレボートで、行ったのは主に大体2004年~2012年の間です。
遺跡や観光地よりも「その国の日常や、人々に関わること」に興味津々な観点から世界を巡りました、少しでも参考になれば嬉しいです。

当時は同い年の女友達と二人で出かけた。この旅を機にバックパッカーの世界一人旅に目覚めてしまった。

スウェーデンとデンマークに行った際に、エストニアにも急遽行こうと決め、Talinkという船に乗ってエストニアまで行った。
(ちなみに今Talinkは、競合であり当時Talinkよりも高級であると言われていたシリヤラインと統合した)

当時は学生なのもあり、なるベく安い船室にしようとしたら、エンジン付近のうるさい部屋となり、夜中じゅうエンジン音と振動と謎の揺れに悩まされたのは今となっては良い思い出だ。
ちなみに、今でこそIT大国と言われているが、当時のエストニアは「ヨーロッパ人のちょっとした観光地」という形でタリン観光の宣伝がなされていた。

Talink船内からずっとそうであったが、日本人どころかアジア人も全くおらず、エストニアの道中において、私と友人は何度も「一緒に写真を撮らせてくれ」と言われていた。

タリンの旧市街は世界遺産と言われているだけあり、とても綺麗で、狭いながらもー日中散歩しても飽きなかった。
しかし、当時見っけた数少ないゲストハウスがあまり宜しくない立地にあったのもあり、夜中に隣室の酔っ払い達の騒ぎ声(イギリス人たちがQueenを大音量で流して酔って騒いでいた)やら謎のノックやらで、まったく気が休まらなかった。
また、道を聞いた女性から「道案内料を払え」と迫られたのも、思えばバックパッカーとして最初の洗礼だった。
当時19歳だったため「世界はなんて広いんだ!」と色んな意味で驚かきれた。

ABOUTこの記事をかいた人

約10年間国内外の金融機関で機関投資家としてファンドマネジャーの仕事に従事。2015年にNY本社での勤務も経験。 その傍ら15年以上コスプレイヤーとして活動し、200着以上の衣装を自作。学生時代にロシアやイスラエル等の比較的未知の国を中心に世界40ヶ国近くをバックパックで一人旅し絶対音感で現地語を日常会話レベルまで覚えた経験を活かし、今ではコスプレイヤーとしても世界10ヶ国以上のコスプレイベントに出向いている。自由に生きる経営者。 >>お仕事等のお問い合わせは各種DM or Mailformよりお願いします。